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『Beast of Reincarnation』レビュー ところどころに素晴らしいアイデアの花を咲かせるアクションRPGだが、雑草に埋もれてしまっていて見つけるのが難しい
📰 Travis Northup
👤 Travis Northup
🕒 2026-08-13 11:38:41
AI 摘要 · 其他
《Beast of Reincarnation》融合魂类与JRPG元素,35小时流程中存在战斗单调、敌人重复、剧情平庸等问题,但偶有惊艳场景与伙伴系统亮点游戏设定废墟世界与病态巨兽战斗,结合《SEKIRO》式战斗与《FFVII重制版》时间暂停机制,但核心玩法缺乏深度创新
对商业化启示:高潜力IP需避免内容重复,需平衡创新机制与玩家体验,伙伴系统可作为差异化亮点
ところどころに素晴らしいアイデアの花を咲かせるアクションRPGだが、雑草に埋もれてしまっていて見つけるのが難しい
地上設置型プールのように、『Beast of Reincarnation』は理論上は素晴らしいはずなのに、実際にしばらく時間を費やしてみると物足りなさが残る作品のひとつだ。表面的に見れば、ビジュアルや異世界的な終末世界の設定から、病に冒された巨大な生物たちとの戦いに至るまで、あらゆる要素が本当に特別なものになり得る素質を備えている。しかし実際には、この素晴らしいアイデアの集積がその可能性を実現できることは滅多になく、ほぼすべての要素がかなり底の浅いものであることが露呈している。戦闘は、ザコ敵とボスの双方で極めて単調で、ストーリーは何らかの感情を呼び起こすことよりもお決まりの要素を寄せ集めることに長けており、冒険の全編にわたって見分けのつかないエリアや敵に頼りすぎている。それでも、本作にはまずまずのアクションRPGとして楽しめる部分がある。そしてストーリーに巧みなひねりが効いていたり、特にカッコいい戦闘シーンがあったりして、時折輝きを放つ瞬間があるのだ。そうした場面を見ると、本作が第一印象どおりの素晴らしい作品になれたはずだ、ということがよくわかる。だが、そうした見どころは、全体的にはまずまずの出来にとどまるアクションゲームにおいて、あくまで例外にすぎない。
ソウルライクの要素により伝統的なJRPGの要素を組み合わせたこのテンポの速いアクションゲームは、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』と「ファイナルファンタジーVII リメイク」を融合させたらこうなるのではないかと思わせる作品だ。およそ35時間に及ぶキャンペーンを通じて、プレイヤーは、野生動物の棲み処と化した廃墟の建物を舞台とするステージを探索し、緊迫した戦闘でパリィや回避を行い、主人公エマを取り巻く世界やキャラクターたちの入り組んだ背景を知ることになる。この組み合わせには大いなる可能性が秘められており、『Beast of Reincarnation』は最高の瞬間には、見た目に美しいだけでなく、とてつもなくカッコいい作品でもある。刀を振るって属性攻撃をも繰り出すエマが、巧みな剣術を彩るように雷や炎の閃光をあらゆる方向へ飛ばしながら、ド派手な近接攻撃で画面を完全に埋め尽くすのだ。
もっとも、その可能性が発揮されるのはごくたまにでしかない。というのも、プレイヤーは限られた種類の敵とあまりにも頻繁に戦うことに多くの時間を費やすことになり、非常に寛大なパリィ受付時間のおかげでもっとも手強い戦闘でさえ大した苦戦もなく突破でき、さらに敵はうんざりするほど繰り返す2、3種類の攻撃しか持たないため、遭遇する相手の攻略法をすぐに見抜いてしまうからだ。この美しくも荒廃した世界で巨大な怪物たちを相手に、忍者さながらの一騎打ちを繰り広げながら進んでいくというコンセプト自体は、本来とてつもなくクールなはずだ。しかし、あらゆる要素が実に底の浅いものに感じられるようになるまで、わずか数時間しかかからない。たとえば序章では、同じ巨大なシカのボスと何度も戦わされることになる。このボスは、まるで自分が知っている攻撃がたったひとつしかないかのように、その攻撃を何度も何度も繰り出してくるうえ、戦闘は必要以上に長引いてしまう。
それでも、不気味な回転するキューブ型の機械の内部をよじ登り、その不気味な構造物に残され、忘れ去られた実験体と戦うステージのように、時折印象に残る場面が現れることはある。しかし、プレイ時間の大部分は、同じロボット型の敵が配置された記憶に残らないエリアで過ごすことになり、その最後には、すでに見たことのある生物とのボス戦が待っている(多くの場合、既存の獣型の敵を大型化しただけのものだ)。
戦闘において特に優れている要素のひとつが、狼のような大型犬の相棒であるクゥの存在だ。クゥは、次第に破壊力を増していく多種多様な魔法めいた能力を駆使し、プレイヤーとともに戦ってくれる。クゥは基本的に自分の判断で行動するが、ゲームの進行に伴って行動パターンや能力をカスタマイズ・強化することができる。また、いくつかの大規模な戦闘をより速く突破するうえで欠かせない存在となるため、それに応じてクゥを育てていくことが重要だ。さらに、「ファイナルファンタジーVII リメイク」のように時間を止めてクゥに使わせる開花技を選択することで、直接操作することもできる。プレイヤーに代わって敵を暗殺するよう命じることさえ可能で、これが繰り返しになりがちな戦闘の一部を大幅にスピードアップさせるのに役立つほか、ボスの体力ゲージを大きく削ることもできる。しかもクゥは、セリフもない四足歩行の犬であるにもかかわらず、なぜか作中でも最強クラスのキャラクターだ。そのあふれんばかりのエネルギーと異様なほど表情豊かな顔つきが、二足歩行のキャラクターの大半が見せるロボットじみた振る舞いとの対比になっている。
『Beast of Reincarnation』の底の浅さはプレイすればするほど際立つばかり
しかし、クゥがどれほど奮闘しても、『Beast of Reincarnation』の底の浅さはプレイすればするほど際立つばかりだ。ほぼ一本道のエリアを探索する体験は心地よく、実に素晴らしい音楽も楽しめるが、わずか2つのステージを終えた時点で、ボスと戦う前に収集すべき戦利品や解放すべき野営地といった、極めて単調なチェックリストにはすでにうんざりしていた(なぜかボスとはほぼ毎回2回戦うことになる)。そして次のエリアへ進み、またすべてを繰り返すのだ。この形式はステージを進めても進化せず、新たに解放されるのは戦闘を力ずくで切り抜けるための能力だけで、探索やプラットフォームアクションに新たな仕掛けが加わることはない。一方、戦闘の大半では刀を振るうロボットを相手にすることになるが、彼らがもつ攻撃はせいぜい1~2種類しかない。そのため、1回の遭遇戦の中で、予備動作がわかりやすい同じ攻撃を十数回もパリィして反撃することになる。
音楽(繰り返しになるが、実に素晴らしいものだ)ですら、10時間分以上のステージにわたってたった1曲がループ再生されていることにすぐ気づくため、飽きてしまう。一方、エマは全体的に自身を強化する多数のパッシブアビリティや、戦闘で新たな技や攻撃コンボを解放する多数の技を使えるようになる。こうした要素の大半は、戦闘の手応えを良くすることにはほとんど貢献しない。相変わらず、同じ攻撃を連発してくる敵を相手に、その攻撃をパリィしてから自分の攻撃でカウンターするという戦い方が続くからだ。しかし、それらの要素は戦闘をはるかに早く終わらせる助けにはなり、やがては実にカッコいい攻撃で数体の敵を一度に倒せるようになる。
RPGのシステムも大して変わらず、刀、遠距離武器、アクセサリーの強化に用意されているアップグレードは底が浅く、かなり限定的だ。たとえば、新しい刀は定期的に手に入るものの、物語の終盤になっても、序盤に見つけたものより明確に優れていたり、特定のプレイスタイルを後押しするような利点を備えたりした刀には出会わない。そのため、さまざまな武器がもつ特殊効果や状態異常のバリエーションを増やすこと以外に、刀を強化する動機はほとんどない。一方、スキルツリーははるかに優れている。クゥは、高DPSの呪文を大量に放って敵を吹き飛ばしたり、魔法じみた植物のツタで敵をその場に拘束したりするなど、状態異常を付与するさまざまな能力を大量に解放していく。
ボス戦は特に期待外れだ。本来なら最大の見どころであるはずなのに、実際には戦闘の欠点を(文字通り)拡大して見せる役割しか果たしていないからだ。堂々たる存在感を放つ巨大な獣と戦うことになるものの、同じ動きの遅い攻撃を20回も連続で繰り返すような、あまりにも考えなしな敵であるため、その威圧感が無駄になっている。奇妙なことに、これらの生物とは通常、ステージの途中で一度戦うことになるが、ステージの最後には何の変化もないまま再び戦うことになり、その後、さらにカッコいい見た目の最終形態へと変身する……のだが、その攻撃パターンはほぼ同じだ。さらに悪いことに、冒険の後半になると、アイデアが完全に尽きたかのように、使い回しのボスを繰り返し登場させるようになる。しかも、これらの戦闘のあとには毎回、主人公が気を失ってベッドで目を覚ますという同じカットシーンが入るため、物語の進行まで予測可能なパターンに陥ってしまう。
まともなRPGなら当然そうであるように、本作でもストーリーに大きな重点が置かれており、あまりにも長いカットシーンが続くため、画面が暗くならないよう、ときどきスティックを動かすことを忘れないようにしたくなるほどだ。感情をもたない戦士であり、(当然のごとく)記憶喪失でもある主人公として、プレイヤーは世界の終末を阻止するため、クゥとともに前述の穢れに蝕まれた巨大な獣たちを狩ることになる。『Beast of Reincarnation』の多くの要素がそうであるように、このアイデアも実際の出来栄えよりはるかに優れている。エマと、そうした争いを生み出す終末世界の設定には、解き明かすべき興味深い謎に満ちた物語を生み出すだけの素地がある。しかし実際には、エマとその仲間たちの演技には生気がなく、予言によって選ばれた寡黙な英雄、自然対人間/テクノロジーという押しつけがましいテーマ、実際にはそこに存在していない「スター・ウォーズ」のフォース・ゴーストのような少女、そしてある時点で2度目の記憶喪失に見舞われ、それまで以上に記憶を失ってしまう記憶喪失のキャラクターなど、ありとあらゆるジャンルのお決まりの要素を詰め込んだ物語が展開される。
そうした要素の数々も、定番だらけのストーリーの描き方が、それを補えるだけのインパクトを伴っていれば、私にとって決定的な問題にはならなかっただろう。しかし実際には出来の悪い部類で、セリフは終始パッとせず、明かされる事実も10マイル先からでも見えていたかのように予想できてしまう。過去20年間にJRPGをプレイしたことがあるなら、このストーリーには、ほかの数多くのゲームがより優れた形ですでに扱っているものしかない。「ゼノブレイド」のようなレベルのクオリティを期待しているなら、ほぼ間違いなく失望することになるだろう。とりわけ奇妙なのは、キャラクターの大半がいかに平板であるかという点だ。彼らが感情を見せることはめったにない(作中世界の設定上の理由がある場合もあるが、だからといって見ていておもしろくなるわけではない)。ロボットのようなアニメーション、生気のない目、そしてセリフの合間に挟まれる長い沈黙のせいで、エマと家族同然の仲間たちとのやり取りは、そのほとんどが見ているのもつらいものになっている。しかも、文字どおり5分も経っていない出来事を色褪せた回想シーンとして見せるという、これには自分でも不思議なくらい腹が立つ。
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地上設置型プールのように、『Beast of Reincarnation』は理論上は素晴らしいはずなのに、実際にしばらく時間を費やしてみると物足りなさが残る作品のひとつだ。表面的に見れば、ビジュアルや異世界的な終末世界の設定から、病に冒された巨大な生物たちとの戦いに至るまで、あらゆる要素が本当に特別なものになり得る素質を備えている。しかし実際には、この素晴らしいアイデアの集積がその可能性を実現できることは滅多になく、ほぼすべての要素がかなり底の浅いものであることが露呈している。戦闘は、ザコ敵とボスの双方で極めて単調で、ストーリーは何らかの感情を呼び起こすことよりもお決まりの要素を寄せ集めることに長けており、冒険の全編にわたって見分けのつかないエリアや敵に頼りすぎている。それでも、本作にはまずまずのアクションRPGとして楽しめる部分がある。そしてストーリーに巧みなひねりが効いていたり、特にカッコいい戦闘シーンがあったりして、時折輝きを放つ瞬間があるのだ。そうした場面を見ると、本作が第一印象どおりの素晴らしい作品になれたはずだ、ということがよくわかる。だが、そうした見どころは、全体的にはまずまずの出来にとどまるアクションゲームにおいて、あくまで例外にすぎない。
ソウルライクの要素により伝統的なJRPGの要素を組み合わせたこのテンポの速いアクションゲームは、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』と「ファイナルファンタジーVII リメイク」を融合させたらこうなるのではないかと思わせる作品だ。およそ35時間に及ぶキャンペーンを通じて、プレイヤーは、野生動物の棲み処と化した廃墟の建物を舞台とするステージを探索し、緊迫した戦闘でパリィや回避を行い、主人公エマを取り巻く世界やキャラクターたちの入り組んだ背景を知ることになる。この組み合わせには大いなる可能性が秘められており、『Beast of Reincarnation』は最高の瞬間には、見た目に美しいだけでなく、とてつもなくカッコいい作品でもある。刀を振るって属性攻撃をも繰り出すエマが、巧みな剣術を彩るように雷や炎の閃光をあらゆる方向へ飛ばしながら、ド派手な近接攻撃で画面を完全に埋め尽くすのだ。
もっとも、その可能性が発揮されるのはごくたまにでしかない。というのも、プレイヤーは限られた種類の敵とあまりにも頻繁に戦うことに多くの時間を費やすことになり、非常に寛大なパリィ受付時間のおかげでもっとも手強い戦闘でさえ大した苦戦もなく突破でき、さらに敵はうんざりするほど繰り返す2、3種類の攻撃しか持たないため、遭遇する相手の攻略法をすぐに見抜いてしまうからだ。この美しくも荒廃した世界で巨大な怪物たちを相手に、忍者さながらの一騎打ちを繰り広げながら進んでいくというコンセプト自体は、本来とてつもなくクールなはずだ。しかし、あらゆる要素が実に底の浅いものに感じられるようになるまで、わずか数時間しかかからない。たとえば序章では、同じ巨大なシカのボスと何度も戦わされることになる。このボスは、まるで自分が知っている攻撃がたったひとつしかないかのように、その攻撃を何度も何度も繰り出してくるうえ、戦闘は必要以上に長引いてしまう。
それでも、不気味な回転するキューブ型の機械の内部をよじ登り、その不気味な構造物に残され、忘れ去られた実験体と戦うステージのように、時折印象に残る場面が現れることはある。しかし、プレイ時間の大部分は、同じロボット型の敵が配置された記憶に残らないエリアで過ごすことになり、その最後には、すでに見たことのある生物とのボス戦が待っている(多くの場合、既存の獣型の敵を大型化しただけのものだ)。
戦闘において特に優れている要素のひとつが、狼のような大型犬の相棒であるクゥの存在だ。クゥは、次第に破壊力を増していく多種多様な魔法めいた能力を駆使し、プレイヤーとともに戦ってくれる。クゥは基本的に自分の判断で行動するが、ゲームの進行に伴って行動パターンや能力をカスタマイズ・強化することができる。また、いくつかの大規模な戦闘をより速く突破するうえで欠かせない存在となるため、それに応じてクゥを育てていくことが重要だ。さらに、「ファイナルファンタジーVII リメイク」のように時間を止めてクゥに使わせる開花技を選択することで、直接操作することもできる。プレイヤーに代わって敵を暗殺するよう命じることさえ可能で、これが繰り返しになりがちな戦闘の一部を大幅にスピードアップさせるのに役立つほか、ボスの体力ゲージを大きく削ることもできる。しかもクゥは、セリフもない四足歩行の犬であるにもかかわらず、なぜか作中でも最強クラスのキャラクターだ。そのあふれんばかりのエネルギーと異様なほど表情豊かな顔つきが、二足歩行のキャラクターの大半が見せるロボットじみた振る舞いとの対比になっている。
『Beast of Reincarnation』の底の浅さはプレイすればするほど際立つばかり
しかし、クゥがどれほど奮闘しても、『Beast of Reincarnation』の底の浅さはプレイすればするほど際立つばかりだ。ほぼ一本道のエリアを探索する体験は心地よく、実に素晴らしい音楽も楽しめるが、わずか2つのステージを終えた時点で、ボスと戦う前に収集すべき戦利品や解放すべき野営地といった、極めて単調なチェックリストにはすでにうんざりしていた(なぜかボスとはほぼ毎回2回戦うことになる)。そして次のエリアへ進み、またすべてを繰り返すのだ。この形式はステージを進めても進化せず、新たに解放されるのは戦闘を力ずくで切り抜けるための能力だけで、探索やプラットフォームアクションに新たな仕掛けが加わることはない。一方、戦闘の大半では刀を振るうロボットを相手にすることになるが、彼らがもつ攻撃はせいぜい1~2種類しかない。そのため、1回の遭遇戦の中で、予備動作がわかりやすい同じ攻撃を十数回もパリィして反撃することになる。
音楽(繰り返しになるが、実に素晴らしいものだ)ですら、10時間分以上のステージにわたってたった1曲がループ再生されていることにすぐ気づくため、飽きてしまう。一方、エマは全体的に自身を強化する多数のパッシブアビリティや、戦闘で新たな技や攻撃コンボを解放する多数の技を使えるようになる。こうした要素の大半は、戦闘の手応えを良くすることにはほとんど貢献しない。相変わらず、同じ攻撃を連発してくる敵を相手に、その攻撃をパリィしてから自分の攻撃でカウンターするという戦い方が続くからだ。しかし、それらの要素は戦闘をはるかに早く終わらせる助けにはなり、やがては実にカッコいい攻撃で数体の敵を一度に倒せるようになる。
RPGのシステムも大して変わらず、刀、遠距離武器、アクセサリーの強化に用意されているアップグレードは底が浅く、かなり限定的だ。たとえば、新しい刀は定期的に手に入るものの、物語の終盤になっても、序盤に見つけたものより明確に優れていたり、特定のプレイスタイルを後押しするような利点を備えたりした刀には出会わない。そのため、さまざまな武器がもつ特殊効果や状態異常のバリエーションを増やすこと以外に、刀を強化する動機はほとんどない。一方、スキルツリーははるかに優れている。クゥは、高DPSの呪文を大量に放って敵を吹き飛ばしたり、魔法じみた植物のツタで敵をその場に拘束したりするなど、状態異常を付与するさまざまな能力を大量に解放していく。
ボス戦は特に期待外れだ。本来なら最大の見どころであるはずなのに、実際には戦闘の欠点を(文字通り)拡大して見せる役割しか果たしていないからだ。堂々たる存在感を放つ巨大な獣と戦うことになるものの、同じ動きの遅い攻撃を20回も連続で繰り返すような、あまりにも考えなしな敵であるため、その威圧感が無駄になっている。奇妙なことに、これらの生物とは通常、ステージの途中で一度戦うことになるが、ステージの最後には何の変化もないまま再び戦うことになり、その後、さらにカッコいい見た目の最終形態へと変身する……のだが、その攻撃パターンはほぼ同じだ。さらに悪いことに、冒険の後半になると、アイデアが完全に尽きたかのように、使い回しのボスを繰り返し登場させるようになる。しかも、これらの戦闘のあとには毎回、主人公が気を失ってベッドで目を覚ますという同じカットシーンが入るため、物語の進行まで予測可能なパターンに陥ってしまう。
まともなRPGなら当然そうであるように、本作でもストーリーに大きな重点が置かれており、あまりにも長いカットシーンが続くため、画面が暗くならないよう、ときどきスティックを動かすことを忘れないようにしたくなるほどだ。感情をもたない戦士であり、(当然のごとく)記憶喪失でもある主人公として、プレイヤーは世界の終末を阻止するため、クゥとともに前述の穢れに蝕まれた巨大な獣たちを狩ることになる。『Beast of Reincarnation』の多くの要素がそうであるように、このアイデアも実際の出来栄えよりはるかに優れている。エマと、そうした争いを生み出す終末世界の設定には、解き明かすべき興味深い謎に満ちた物語を生み出すだけの素地がある。しかし実際には、エマとその仲間たちの演技には生気がなく、予言によって選ばれた寡黙な英雄、自然対人間/テクノロジーという押しつけがましいテーマ、実際にはそこに存在していない「スター・ウォーズ」のフォース・ゴーストのような少女、そしてある時点で2度目の記憶喪失に見舞われ、それまで以上に記憶を失ってしまう記憶喪失のキャラクターなど、ありとあらゆるジャンルのお決まりの要素を詰め込んだ物語が展開される。
そうした要素の数々も、定番だらけのストーリーの描き方が、それを補えるだけのインパクトを伴っていれば、私にとって決定的な問題にはならなかっただろう。しかし実際には出来の悪い部類で、セリフは終始パッとせず、明かされる事実も10マイル先からでも見えていたかのように予想できてしまう。過去20年間にJRPGをプレイしたことがあるなら、このストーリーには、ほかの数多くのゲームがより優れた形ですでに扱っているものしかない。「ゼノブレイド」のようなレベルのクオリティを期待しているなら、ほぼ間違いなく失望することになるだろう。とりわけ奇妙なのは、キャラクターの大半がいかに平板であるかという点だ。彼らが感情を見せることはめったにない(作中世界の設定上の理由がある場合もあるが、だからといって見ていておもしろくなるわけではない)。ロボットのようなアニメーション、生気のない目、そしてセリフの合間に挟まれる長い沈黙のせいで、エマと家族同然の仲間たちとのやり取りは、そのほとんどが見ているのもつらいものになっている。しかも、文字どおり5分も経っていない出来事を色褪せた回想シーンとして見せるという、これには自分でも不思議なくらい腹が立つ。
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